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先輩が退職代行で飛んで氏ねと思っていたら上司も退職代行で飛んだぶっ飛んだ職場の話

「何回飛ぶ言うねん!」というツッコミありがとうございます。
今回は俺の体験に基づくブラック企業のお話をしましょう。

おまえの文章なんて読んでられるか、と言う方向けに結論だけ伝えると
「ブラック企業は悪、退職代行は正義」です。

まず簡単に経歴を紹介すると以下の通り。

俺:地方出身、偏差値50の平凡な大学卒

社会人歴5年目(現在3社目の転職芸人)
・1社目残業時間150h パワハラ横行!徹夜は上等!!土日は返上!!!
・2社目残業時間45hパワハラ横行!お局暴走!!若手は精神病棟!!!
・3社目残業時間20h社食がうめえ

今回は俺が新卒で入った1社目のブラック企業のお話。

適当に就活していた俺が選んだ会社は、社員数300人前後の中小IT企業。
便宜上、名前はピーヒャラとしよう。
株式会社ピーヒャラにて営業マンとして採用、都内の営業所に配属された。

 

-1日目-

社会人デビューということもあり人並みに期待と夢いっぱいで初日を迎えた。
「社会人になったからには、仕事も頑張って成績上げて、自己啓発ももちろん、同期と飲んでプライベートも充実させ、親孝行もちゃんとした立派な社会人になるんだ!」
なんて理想を抱いてワクワクしていたのを今でも覚えている。

出社して初の仕事がよくある着任の挨拶だ。

部内の社員20人ほどが集められ、サザエさんのアナゴさんに酷似した部長からの紹介で
「今日から新人が配属されています。では新人君、大きな大きな声で自己紹介するように」
と言われ、「大きな大きな、、?桃太郎の桃でしか使わんぞその表現w」とか思いつつも、一生懸命声張って挨拶を終えた。

 

その後、管理職である課長と面談である。
顔はマスオさんにそっくりな頼れるパパといった印象の良さげな課長だ。

 

面談を終えるとOJTとして2コ上の先輩がついてくれた。
やたらと顔のカッコいい仕事のできそうな先輩だった。
顔や髪型のサラサラ具合がちびまるこちゃんの花輪くんに似ていたのをよく覚えている。

 

(課のメンバーは、他に目のクマが目立つ中年とハゲたおっさんがいたが、モブなので割愛)

 

みんな個性は強めで何やら日曜の夕方を彷彿とさせるが、優しそうでいい人たちだ。
「なんていい職場なんだ、配属ガチャSSRキタコレ!」とか“当時”は思っていた。

 

-2日目-

この日は主にPC設定や他部署の説明で終わった。
先輩たちは残っていたが、新人に手伝えることなどなく、一抹の申し訳なさを感じながら定時退社。。。

 

せっかく早く上がれたので大学の友達と飲みいき、社会人として夢を語った。
素敵な先輩に仕事を教わり、営業マンとして華々しい成績を上げて、いつかは会社を引っ張っていくそんな存在になると本気で信じていた。
夢にあふれる若者のフレッシュな情熱が、そこには確かにあったのだ。

 

定時退社し友人と酒を交わしほろ酔いで帰宅。
「これが描いていた社会人生活や、最高のスタートを切れたんだ!」なんて充実感に浸っていた。

 

なお、以降退職するまで定時退社ができたのはこの日が最後である。
大事なことなのでもう一度言う、2日目が定時退社最後の日だ。

 

-3日目-

昨日の充実感のおかげで俺はやる気マックスだった。
「よし!じゃあせっかくだし本格的に仕事してみようか!」と花輪先輩から営業先の資料と担当者の連絡先を紹介された。
よーしこっからが俺のシゴでき伝説の始まりや!
俺の心の中で紅蓮華が流れる。

 

花輪「じゃあ僕は忙しいから、あとよしなに頼むね!」

 

その言葉を最後に花輪そそくさと自分の仕事の戻っていった。

 

俺「、、、???

よしなに、って何?
吉田(誰)に頼むって言ったのか、、、?
ていうか頼むって何を??」

 

そう。
花輪は絶望的に仕事ができなかったのである。

説明は一切なし。(あとでわかったことだが事あるごとに難癖つけてくる面倒な取引先を押し付けられていた)
後輩に全て押し付けるタイプのモンスター社員だ。

今一度、花輪に内容聞こうかと思ったが、もう既に何やら電話しているので聞きにくい。
マスオ課長は打合せらしく座席にいない。

 

わしゃ何すればええんじゃ。

 

とりあえず資料を読み込むことに没頭。
これが社会人の洗礼かと厳しさを実感、しかしモチベーションは高かったので前向きに取り組む事にしたんだ。

没頭すること2時間、事件は起きた。

 

マスオさん「おーい花輪、〇〇社のwebプロモの企画どうなってる?先方から問い合わせあったから折り返ししてほしいんだけど」

花輪「あ、それ俺君に頼んどいたんで、俺君に聞いてください!」

 

俺「、、、頼んどいた?
もしやこいつは、あの”よしなに頼むね”でプロモーション企画を任せたつもりになっているのか!?
プロモのプの字どころかpすらなかったあの会話で仕事を依頼した気になっているのか!?!?」

 

たしかに学生当時企画という仕事はやりたいと思っていた。
が、しかし何も教わらないまま、自覚すらないまま主担当にされるのは聞いていない。

花輪はあとでファラリスの牡牛にブチ込んで焼き殺すとして、今はマスオさんからのオーダーに応えねばならない。

すみません!今すぐ先方に連絡いたします。
その一声と同時にデスクに向き合う。
就職して初めての電話だ。緊張でマジで手が震えた。

担当「はい〇〇社のタナカと申します」

俺「俺と申します!」

担当「大変申し訳ないのですが、どこの俺さんでしょうか、、、?」

緊張のあまり、株式会社ピーヒャラをすっ飛ばして、いきなり自己紹介から始めたのである。
狂気だ。ジョーカーもびっくりの狂気っぷりである。

 

俺「す、すみません。株式会社ピーヒャラの俺と申します!」

担当「あーピーヒャラさんね。企画の件、まったく連絡ないですけど進捗どうなってます?(怒気)」

俺「も、も、申し訳ございません。。。社内にて確認いたします。」

担当「なんのために電話してきたんです?wとにかく至急教えてください。」

緊張といきなり険悪なムードのおかげで、冷や汗でびっしょりだった。
素敵な先輩に教わる?華々しい成績?
昨日抱いた夢は、翌日にしっかりと打ち砕かれたのである。

その後はマスオに状況を報告、
心なしか申し訳なさそうな花輪に企画の引き継ぎを受け、21時に退勤した。

こうして俺のブラック企業生活は幕を開けたのだ。

 

-7日目-

企画のキの字も知らない俺は必死に学んだ。

Web企画って何をすればええんやと思いながら、webマーケの本を書店で買いとにかく読み漁った。Webマーケッターボーンの本はマジで勉強になった。

雑な引き継ぎでもないよりマシだと花輪の資料を熟読した。
勢いでなぜか花輪から追加で3社の担当を任された。
マスオさんからは「学生じゃないんだからもっとちゃんとしような」と小言を言われた。

 

理不尽というものを生まれて初めて感じた。あの日は暑かったからトイレにいったら目から汗がでた。暑かったからね。

これが会社員かと。これが社会かと。現実というデカい壁にぶち当たり、悲嘆に暮れた。

 

その日は花輪に飲みに誘われた。
「せっかくの若手同士だし仲良くなりたくて!」とのことだった。

先日は心の中で50回は挽肉にした花輪だったが、
一回くらいは飲んで人となりを知るべきだ。
そう思った俺は快諾し、会社近くの焼き鳥屋へ入った。

2杯のキンッキンに冷えたビールが届き、

 

乾杯をした直後、花輪からあったのは謝罪だった。

 

花輪「企画の件は本っ当にごめん!あのとき別件でアナゴ部長に怒られていて、これ以上ミスはできないと俺君に任せるフリをしちゃった、、、」
俺「あ、そうだったんですね、、、(フリというか結局任せられたけども)」

 

どうやら花輪は、根っこは悪いやつじゃないらしい。
上司がいる手前、テンパって後輩に押し付けてしまった。とのことだ。
ただの嫌なやつかと思っていただけに、謝罪があったのは意外だった。
心の中で50回くらい挽肉にしたことを申し訳なく思い、1回だけザオラルを唱えておいた。

 

その後、意外と花輪とは話が盛り上がった。
サッカー観戦が趣味で俺と同じ選手が好きだったとか、
部長がアナゴさんで課長はマスオさんとかアニメかよとか、
なんだかんだイケメンの花輪には彼女いて、この企画が片付いたらプロポーズするとか、
そんな他愛のない話だったと記憶している。

 

しかし男なんてチョロいもんで、酒を交わして語ればすぐ仲良くなれてしまうのだ。
最初は牽制しあってるくせに、一回飲めば仲良くなるこの現象に誰か名前をつけてくれ。

 

あらためて仕事の出来不出来はさておき、歳の近い先輩がいるというのはありがたいことだなと感じた。
会計も花輪がすべて奢ってくれて、なんていい先輩なんだと思った。(チョロい)

 

花輪「僕入社してからずっと一番下だったから、俺君みたいな話やすい後輩ができて嬉しいんだ!これからも仲良く頼むよ!二人で頑張っていこうね。」

 

入社後早々キツい目にあっていた俺にはなんだか心にグッとくるものがあった。
帰り道に飲んだ酒が目から少しだけ漏れた。泣いてなんかねえよ。

 

心の中で、某RPGのテーマとともに「花輪が仲間になった!」とコマンドが出た気がした。

 

 

 

 

その翌日、花輪は会社に来なかった。

 

 

-8日目-

仕事を早く覚えなければと早めに出社したところ、マスオさんが困った顔をしてPCに向き合っていた。
何やら異変は感じ取ったものの、話しかけにくかったのでそのままにしていた。

 

そして俺は異変に気づく。
定時になっても花輪が来ないのである。
飲み会のお礼を言おうと、ちょっとワクワクして待っていたのに花輪が来ないのである。

 

最初は二日酔いで寝坊したものだと思っていた。
どうせ昼には来るだろうから、ちょっとイジってやろうとか想像していた。

午後になっても、定時過ぎても、21時過ぎても花輪は来なかった。

 

-9日目-

翌日出社するとマスオさんが昨日よりもっと悲壮な顔をしていた。
エンタの神様全盛期のヒロシよりも悲壮なオーラを出していたので、流石に気を使い声をかけたところ、
花輪から退職代行で辞表が出されたことを知った。

 

最初は何を言っているのか理解できなかった。驚き過ぎて言葉が出ない、という経験を初めてした。

 

「二人で頑張っていこうね。」

 

まさかこの言葉が花輪の最後のセリフになろうとは誰が予想したか。
というかあの飲み会はなんだったんだ。せめてもの贖罪のつもりだったのか。
しかも退職代行って、、、お前それは逃げじゃないのかと思ってしまった俺がいた。

 

マスオさんはその後、部長アナゴさんによって打合せ室に呼び出された。
部屋の扉が閉まるやいなや、怒号が轟いていた。
密室から漏れ出るアナゴの怒鳴り声は、職場の雰囲気を最悪にするには十分だった。

 

俺はデスクに戻り昨日の出来事を思い出していたら、あることに気づいた。
冷静に考えたらあいつ「この戦いが終わったら結婚するんだ」的なこと言ってたじゃないか。
フラグビンビンだった。リアルでこんな綺麗なフラグ回収見たことねえ。
ちょっと応援してしまった俺の気持ちを倍返しして欲しい。

 

1時間後部屋から出てきたマスオの頬は赤く腫れ上がっていた。
モブAが心配して声をかけていた。
マスオ「あはは、、、虫歯が悪化しちゃってさ、、、」

 

それは無理である。

 

部屋に入る前はなんならげっそりしていたのに、1時間後パンパンに腫れて赤くなった頬。
虫歯でごまかせるわけがない。
しかし、悲壮さを隠すように苦笑いをするマスオの健気さに、モブと俺は愛想笑しかできなかった。

 

とんでもねえ職場に来てしまったと思うのも束の間、待っていたのは圧倒的現実だった。
そう。花輪が抱えていた仕事がすべてそのまま俺のところに回ってきたのだ。
一応確認しておくが俺は入社9日目である。

 

企画のキの字をやっと覚え始めたかと思った矢先、
土砂崩れのように仕事が押し寄せてきたのである。

 

その日は終電に間に合わなかった。
交通費なんて出るはずもなく自腹でタクシーだ。すこし早過ぎやしないか?
酒なんて飲んでないのに目から酒が出た。だから泣いてなんかねえって。

 

-15日目-

よくわからない仕事を、よくわからないままさばき続ける日々が続いた。
花輪の退職以降、職場の雰囲気は最悪だった。

 

部下の退職代行による退職を受けて、圧倒的なイライラがまだ収まらない部長アナゴ。
その煽りを受けて確実にげんなりしていくマスオ。
なんだかハゲが加速したモブA。

 

そしてとにかく終わらない仕事。
定時なんて概念は部署から消え失せ、定時は23時になった。
何を言っているかわからないと思うが、定時は23時になったのである。

 

-30日目-

一ヶ月も続くと、それなりにサマにはなってくる。
そりゃあ毎日7時に出社し、休みもなく終電間際で帰るのだ。
圧倒的に時間を割いているのだからサマになってもらわなきゃ困る。

 

しかし一方で、心はしおれくたびれきっていた。
仕事はたしかに楽しみにしていた。
成績を上げたいとも思っていた。だがそれは常識的な範疇で働ける前提があってこそだ。
毎日17時間も働くのはマジで聞いていない。

 

先日、初の給料日を迎えた。
今は懐かしい花輪との飲み会で、残業代が出ないことは聞いていた。
それでも入社まもなくイレギュラーをこなし、少しは多めの給与が出るんじゃないかと少しは期待していたのだ。

 

当然そんなわけはなく、基本給18万5千円、そこから諸々差っ引かれ手元に残ったのは14万円ちょっとだった。
学生のアルバイトから比べたらたしかに多めではある。
しかしこの労働と心労に見合うものではなく、本来は嬉しいはずの初任給のありがたみがまったくわからなかった。

 

-50日目-

ギリギリの生活を送っていたが、それでもかろうじて俺は耐えていた。
マスオは相変わらずアナゴに怒号を浴びていたが、どうにか苦笑いで耐えていた。
モブAの頭皮もフランシスコザビエルくらいでどうにか耐えていた。

 

日曜の夜になんとなくつけたテレビでちびまるこちゃんがやっていた。
厳しい現実から逃避するかのように、童心にかえり眺めていた。
しかし途中であの憎き花輪くんが出てきた瞬間スイッチを消した。

 

こんな俺には現実逃避すらも許されないのかと悲嘆に暮れると同時に、花輪が何をしているのか少しだけ気になった。
退職代行なんて逃げだと昔は思っていたが、限界を迎えたときはそれもありだと思っていた。

 

-60日目-

あっという間に2ヶ月がたった。
当たり前のような17時間労働にも慣れてきている自分がいた。
人間は環境に適応する生き物だと本で読んだことがあった。
こんな絵に描いたようなブラック企業でも、人は慣れるのである。

 

ある日、奇跡的に早く上がれる日があった。
早いと言っても22時とかだったが、奇跡に等しかった。

 

せっかく東京にいるのだしスカイツリーとやらを見に行くことにした。
もちろん時間も遅いので外から見るだけなのだが、その高さにえらく感動した。
「東京を象徴するすごい建物だ、大工さんすげええええ」なんて人並みに浸っていた。

 

その帰りに隅田川を眺めた。
噂には聞いていたが東京の川の汚さに、これまた驚きを隠せなかった。
俺の地元と比べると圧倒的に汚く、さらには某有名カフェのゴミが浮いていた。
そんなゴミも誰かが捨てたのだという事実に気づき、少し悲しくなった。

 

そんなときポチャンと川が波打った。
なんと魚がいたのである。ゴミが浮き、底は見えなく濁った隅田川にも懸命に生きておよぐ魚がいたのである。
なぜだかブラック企業で働く自分と重なって見えた。

 

地元が恋しくなると同時に目から汗が出た。
涙ではない、これは汗だ。
ぜったいに泣いてなんかないもん。

 

-80日目-

ひとつ嬉しいことがあった。
俺のがんばりがアナゴに認められ始めたのである。

アナゴは執拗に花輪と比べて俺を褒めてくれた。
複雑な心境ではあったものの、褒められると人は頑張れるのだ。
そして今思えばだが、ブラック企業の人間はアメとムチが上手なのである。

 

そんなある日、突然マスオに飲みに誘われた。
嫌な予感しかしなかった。

 

-85日目-

マスオとの飲みの日がやってきた。
仕事をいつもより早くおえ(21時)二人で会社近くの餃子居酒屋へ行った。
一本の瓶ビールとグラスが届き、乾杯をした直後、マスオからあったのはお礼だった。

 

マスオ「花輪くんがいなくなって、本当に大変だったけど俺君が頑張ってくれて本当に助かったよ。今日はその労いとお礼の飲み会!いつもありがとうね」

 

アナゴに続きマスオにまで褒められ、正直めちゃくちゃ嬉しかった。
決して平らな道ではなかったが、自分の努力が認められたことが、泣きそうなくらいに嬉しかったのだ。

 

有頂天になった俺はビールをたらふく飲んだ。
瓶で7本くらいは飲んだんじゃなかろうか。
マスオも付き合ってくれ、酔いどれ二人の会話に花が咲いた。

 

アナゴのパワハラに対する愚痴を聞いたり、
モテない俺が必死になってマッチングアプリをやるも撃沈しまくっている話をしたり、
高校生になるマスオの子供のお受験話を聞いたりした。

 

歳は20近く離れているが妙な絆を感じた。
男は酒を交わせばチョロいのだ。(2回目)

 

店を出てマスオに礼を言った。
酔いのあまり

「俺、辛いことたくさんあったけど、マスオさんの下で働けて本当によかったっす!」

とかちょっとクサめなこと言った気がする。
ハニかむマスオの顔がなんだかカッコよく感じた。

 

その日は久しぶりに充実感に包まれ帰宅した。
飲みに誘われたときの嫌な予感が頭によぎったが、頭の片隅に追いやりその日は寝た。

 

 

 

 

 

翌日、、、マスオはいつも通り出社していた。

 

 

-86日目-

朝、正直ドキドキしていた。
そりゃそうだ。花輪には一度しっかりトラウマを植え付けられている。

 

出社すると、いつも通りデスクに向きあうマスオの姿が見えた。
安心すると同時に、かつてないほどの仕事への前向きな気持ちが芽生えていた。
俺はマスオのために頑張って働くのだ。俺が支えるのだ、と。

 

マスオに昨日のお礼を言い、俺もデスクに向き合う。
その日はとにかく仕事が捗った。
人間はモチベーションによってパフォーマンスが大幅に変わるのだ。
世の管理職は覚えておくべきだ。

 

 

昼休みにマスオがかけてくれた言葉は今でも覚えている。
(なお朝コンビニで買ってきたおにぎりを3分で腹に詰め込む作業を弊社では昼休みと呼ぶ)

 

マスオ「なんだか今日はいい顔で働いているな!これからも期待しているよ!」

 

なんていい上司に恵まれたんだ。
ブラック企業ではあるがいいこともあるのだ。
俺はまだ頑張れる、そう信じていた。

 

やはり退社は日付が変わるギリギリだったが、その日はなんだか報われた気がした。

 

終電も過ぎるというのにマスオだけはまだオフィスに残っていた。
部下よりも仕事に一生懸命で、背中で語るタイプとはこういう人のことを言うのだなと柄にもなく憧れた。やはり彼は上司の鏡だ。

 

 

 

 

次の日、出社したらマスオはいなかった。

 

 

 

-87日目-

意気揚々と出社するなりいきなり、怒りのオーラを発するアナゴに会議室に呼ばれた。

 

アナゴ「マスオ課長が辞表を出した。退職代行で、だ。お前何か聞いていたか?」

 

何がなんだかわからなかった。
マスオが飛んだ事実も、なぜ俺がアナゴに呼び出されたのかもわからなかった。

 

俺「し、しらないっす、、、てか冗談ですよね、、、?」

テンパった俺はそうとしか言えなかった。

 

アナゴ「なんでいつも一緒に仕事をしていたのに何も知らないんだ!!!」

 

怒号と同時に竜巻旋風脚が飛んできた。
革靴から放たれる竜巻旋風脚は、はちゃめちゃに痛い。
俺の尻はその日初めて二つに割れ、糞が産声を上げた。脱糞だ。

 

、、、流石に嘘だが本当に痛かった。
マスオはいつもこれを喰らっていたと思うと、退職代行で辞めた気持ちは理解ができた。
こんな男に直接辞めますなんて言えるわけがない。
自分を守るための正当な行為だったのだ。

 

その後、謎の説教を30分受けたのちに俺は解放された。

 

とはいえ、
起きている現実を俺は受け止められなかった。
先輩だけでなく上司も飛んだのだ。
残された課のメンバーは俺とモブ二人だけだ。
課長のいない課は何をすればいいというのだ。

 

その日の仕事は驚くほど捗らなかった。
人間はモチベーションによってパフォーマンスが大幅に変わるのだ。
世の管理職は覚えておくべきだ。
俺にはその管理職がもういない、が。

 

その日の21時ごろ、怒り疲れたアナゴから一通の封筒に入った手紙を渡された。
恐る恐るうけとると、差出人のところに「マスオ」と書いてあった。

 

お礼と謝罪の書かれた直筆の手紙だった。
花輪が飛んでどうしていいかわからなかったとき、俺が手伝ってくれたことへの感謝。
あの日一緒に飲んだ酒が本当に美味しかったとのこと。
アナゴのパワハラに限界で仕方なく退職代行を選んだこと。
部下を置いて辞める自分の不甲斐なさ、そしてみんなへの申し訳なさが書かれていた。

 

課のメンバーそれぞれに書いていたとのことだ。
アナゴから「朝出社したら俺のデスクに置いてあった」と聞いた。

 

どうやらこの手紙をアナゴのデスクに仕込むために、昨日遅くまで残っていたようだった。

手紙なんてどうでもいいから、これからも仕事を教えてほしかった。

 

家に帰る途中でストロング系の酒をたくさん買った。帰ってしこたま飲んだ。
飲んだ勢いでおんおん泣いた。

某号泣議員なんかより100倍声を上げて泣いた。この世の中を変えたかった。
飲んだ酒よりもいっぱい目から液体が出たからこれは涙だ。認めざるをえなかった。

 

-100日目-

どんなにキツくても社会人には容赦なく朝がやってくる。

新しい課長が来た。
マスオより若い30歳くらいの体育会っぽい男性だ。

 

初日の挨拶も何やら熱かったが、俺にとってはどうでもよかった。
絆を感じた先輩二人が颯爽と退職代行で去っていったのだ。
これ以上、会社の人と仲を深めるのはもはや無駄だと思っていた。

 

新課長はブラック企業では珍しい情熱に溢れた人だった。
情熱のあまり、部下にもどんどん仕事を振った。

 

流石に俺もハゲたモブも、さばききれないと抗議したが
「土日も頑張れば余裕だろうが!」とブチギレ返され一蹴された。

 

そう。俺はついになったのだ。
おだやかな心を持ちながら、上司の怒りによって目覚めた伝説の戦士。
「超ブラック企業人」に

 

その日から土日返上でフリーザを倒すためのブラック企業生活が始まった。

 

-120日目-

朝早く出社することも、終電で帰宅することも耐えられた。
なぜなら土日があったから。休日が二日もあったからだ。

 

しかし今はどうだ。
休日なしで週7日毎日朝から終電まで働いている。
俺は何をやっているんだ。心底そう思った。思わない日はなかった。

 

人間は何か意味や目標があってこそ働ける生き物だと思う。
裏を返すと、仕事に目標や意味がなくなったとき、人のメンタルはいとも簡単に崩壊する。

もう限界だった。

 

そんなとき俺の目に入ったのはTwitter(X)で見た退職代行の広告だった。
そこからの俺の行動は黄猿より早かった。
広告の光が俺の目を通り脳で認識するより早く、反射で退職代行の広告をタップしていた。

 

-121日目-

LINEを送った翌日、退職代行会社から返信が来た。そこからは一瞬だった。

 

概要をチャットで聞き、申し込みとお金を支払ったら流れるようにコトが進んだ。
手続きや質問がLINEで出来るのは便利かつ気軽でありがたかった。

 

辞める日付だけすこし迷ったが一週間後に設定した。
連絡して当日の朝にはもういかない、という選択もあるようだが、
トラブルになる可能性も0ではない、とのことだったので即日はやめておいた。

 

この地獄から抜けられると思えば一週間くらい余裕だった。
手続きが済んだ翌日は逆に会社に行きたいまであった。
高みの見物ができると思ったからだ。
アナゴの竜巻旋風脚?退職が決まっている俺にそんな攻撃はきかない。

 

大見得を切って出社したその日に限ってアナゴの機嫌が悪く、
しっかりめに竜巻旋風脚を喰らった。めちゃくちゃきいた。
やはりブラック企業はくそだ。

 

-127日目-

退職の前日、その日はなんだか感慨深かった。
働いたのは4ヶ月程度であったが、人生で味わったコトのないくらい濃い4ヶ月だった。

 

花輪は仕事はできないが、なんだか憎めないいい奴だった。
マスオはいい上司だった。できればもっと話がしたかった。
でもお前ら辞める直前に俺を飲みに誘うのはどうかと思うぞ。
感傷に浸るために後輩をつかうもんじゃあない。

 

アナゴはカスだった。
いかなる理由があれど暴力はダメだ。
俺もマスオも警察にこそ行かなかったが、訴えられたら一発アウトだ。
竜巻旋風脚の礼に、渾身の昇竜拳くらわせてやろうかと思ったがトラブルはごめんなのでやめておいた。せめてもの情けだ。

 

その日はせっかくなので終電くらいまで働いた。
記念受験的なノリだ。

 

特に意味はないのだが、オフィスを出るときに一礼しておいた。
なんだかんだと思い入れはあるもので、ブラック企業だが世話になった。
ありがとう。

 

-128日目-

退職代行会社はしっかり仕事をしてくれた。
その証に携帯にアナゴから数え切れないくらいの鬼電が来ていた。

「あばよ」

アナゴの連絡先をブロックした。
こうして俺はブラック企業から解放されたのだ。

 

-最後に-

ここまで駄文につきあってくれた皆様に心よりお礼申し上げます。

読んでくれた方も何かしら会社への不満やいらだちがあるからこそ、本記事に興味をもってくれたのではないかと思う。
俺のブラック企業の経験も皆様に読んでいただき、クスッと笑ってもらえたなら供養ができるというものだ。

本当にありがとう。あわよくばTwitterのいいねとリツイートを頼む(図々しい)

 

つきあってくれたついでに、俺の思いとして最後にひとことだけ言わせてほしい。
「ブラック企業は悪、退職代行は正義」だ。

 

なんだかんだとコミカルに書いたつもりだが、ブラック企業にいるとメンタルを病む。
人間は慣れる生き物なんて作中でも書いたが、劣悪な環境でも慣れてしまうのだ。
すると知らず知らずのうちにメンタルが蝕まれ、社会復帰できなくなる可能性だってある。

 

ここでさらに問題なのがブラック企業は退職が言いにくい環境なことが多い。
パワハラ上司にあたれば退職なんて言えないし、周りに仕事で迷惑をかけると思うと言い出せないというケースだってある。

 

だからこそ、退職代行は正義なのだ。
世の中のブラック企業というのは大体が労基法なんて守っちゃいないし、自社の謎ルールで回っていることが多い。
断言しよう、そんな法律も守らない謎ルールに、あなたがつきあう必要は全くない。

 

(参考として載せておくと、
俺はリーガルジャパンという退職代行サービスを使った。
値段も2~3万円と良心的だし、何より手続きが楽。俺がスムーズに辞められたという実績もあるから安心して使えると思う。
リンクも載せておくので、退職代行サービスに迷ったらぜひ。)

 

 

そもそも退職は法律によって守られた労働者の権利だ。
それを反故する会社にあなたの人生を捧げる必要はない。時間の無駄だ。

 

俺はその事実に気づくのに4ヶ月かかった。
あのときTwitterで広告が流れてこなかったら今でもブラック企業にいたと思うとゾッとする。

 

ブラック企業じゃなきゃ辞めちゃダメなのか?という意見もあるだろう。
そんなことはない。会社を辞めるべきかどうかは主観に委ねられている。
長時間労働じゃなくても、ハラスメントがきつい、辞めたいと思うほど辛い何かがある、ならそれはあなたにとってブラック企業だ。
次の居場所を探すために退職代行を使うことも個人的には大いにアリだと思う。

 

もちろん、後先考えずに辞めてどうするんだ。という意見もあるだろう。
だが安心してくれ。俺はそのあと2度転職しているが、今は社食のうまいノーマル企業で働けている。

 

何がいいたいかって、人生なんとかなるのだ。

 

退職したこともないのに、「今の会社辞めたら人生終わりだから」くらいのテンションで語ってくる人が稀にいるが、いいから一度やめてから言えよって思う。

職にあふれたこの時代、転職のハードルも低いし個人事業で食っていくことだってできる。
万が一、職にあぶれたならウーバーだって派遣だっていいじゃないか。
これは私の戒めも込めてなのだが、「自分の選択を誰よりも狭めているのは自分自身なのではないか」とも思う。
転職したことない人は会社を辞めるのが怖いだろう。

 

人間はイメージができないことを難しいと思い込んでしまうことが多い。
例えば運転なんて子供のころは「難しい、できない」と思っていたが、なんだかんだできるようになったよね?
電車に乗るのだって、海外旅行だって、最初はこわかったはず。
だけどできるようになるじゃん。
転職も同じことで、難しい、できないと思いこんでいるだけなんだって。

 

自分が今いる環境が劣悪だってことに気づかずにそこで一生を終える、
というはるかにもったいないケースが、この世の中にはいっぱい溢れていると思う。(個人的な意見だけどねw)

 

だからこそ、この記事がそんな迷っている人の後押しになればいいと思っている。
やめたい、キツいと思ったなら退職代行でさっさとやめて次いけばいいさ。

 

ひとことのつもりが、やたら長くなってしまったが
改めてここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます。

 

機会があれば転職したときの考え方や体験記もまたこちらに記載したいと思いますので、またの機会に!

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